不本意な前髪
満員電車にお尻からねじ込むように乗り込む女性をホームから見ていた。
ドアが閉まれば絶対に顔が挟まれてしまうのではないかと思うくらいの収まりの悪さであった。
ついに駅員の笛が鳴り響きドアが閉まる。
いつも不思議に思うが、閉まる瞬間のドア付近の人たちはその前の段階で既に100%の力を使って乗り込んだ筈であるのにさらに力を発揮し、もう4、5cm奥に入り込むことができるのだ。ここに私はいつも人の神秘を感じる。
結局女性もこの神秘的な力を駆使し、結果的にドアがその女性に触れたのは女性の前髪だけであった。
綺麗に横に流されていた前髪が閉まるドアと共に本来とは全くの逆方向に連れ去られていく。
はたから見ればその女性は見るも無残な姿かもしれないが、私は知っている。
その前髪が彼女にとっていかに不本意なものであるかを。