あの味は
海辺には世界中の富豪たちの所有物であろう無数のクルーザーとヤシの木がズラりと並び、その景色を背景にランナーたちが上半身裸にサングラス姿で颯爽と駆け抜ける。
近くのパッションフルーツと生クリームがどっさりのったパンケーキのお店には日本ではそんなキャラではないはずなのにハワイに来たテンションで思い切って露出度を高めたジャパニーズガールズたちが長い列を成している。
わざわざハワイに来たのになんだこの外国感のなさは、、と幻滅しながらも、ハワイなら英語が喋れなくても安心ということが実はここを旅行先として選んだ大きな理由でもあった自分はとても彼女達を責めれた立場でないと心に整理をつける。
南国の太陽の陽射しはジリジリと肌を焦がすように照りつけてくるが、木陰に入りさえすれば浜風が火照った身体をすぐにひんやりと優しく冷ましてくれるので決して暑過ぎるとは思わない。
日本のジメジメしたナメクジのような夏よりは遥かに救いようのある暑さだ。
ふと喉が渇いたなと辺りを見渡してみる。
道の向こう側に小さなスムージー屋さんがあるではないか。
歩いて店の前まで行くと白いタンクトップ姿のハワイアンビューティーの女の子が「Hi, what can I get for you?」と、接客するめんどくささとバイト中の責任感がちょうど半々くらいで入り混じったような笑顔で迎えてくれた。
チョークボードに書かれたメニューがやたらお洒落に感じるのは自分もハワイに来てすっかり気分が舞い上がっているからなのか、それとも英語だけのメニューに圧倒されているからなのかは分からない。
メニューを必死になって読んでみるが店員さんのお世辞にも上手とは言えない作り笑顔と視線が気になってあまり内容が入ってこない。というか、英語だから入ってこない。
あーメニュー見てもよくわかんねえやと諦めかけたその時「Pineapple」という単語が目に入り、僕の脳に伝達され瞬時に「パイナップル」という安心感に満ち溢れた響きに翻訳される。
せっかく南国にいる訳だし丁度いいじゃん、とただ逃げの選択をしただけの自分を正当化し、普段は大して好きでもないパイナップルにしようと決める。
そして必要以上に緊張しながらもできる限りかっこよく、かつ自然に「ワンパイナッポースムーディー、プリーズ」と店員の女の子に伝える。
スムージーのジーがGじゃなくてTHIEだということを知っていた自分を誇らしく思いながらも果たしてちゃんと伝わるのかけっこう不安を抱いていたが、その子が即座に「Ok. One pineapple smoothie〜♩ Is that everything?」とすぐに復唱しながらレジのiPadを打つ姿を見て大きく安堵する。
1、2分ほどして呼ばれ、キンキンに冷えたスムージーを受け取る。
渡してくれた時の女の子の笑顔が最初よりはずっと自然なものに見えたのは、もう「サンキュー」以外の英語を話す必要がないという状況が生んだ心の余裕からくる錯覚なのかどうかは分からないが、とにかく爽かで素敵な笑顔だった。
さっそくずいぶんと太いストローを咥え思い切りスムージーを乾いた喉に流し込む。
パイナップルの爽やかな酸味を期待していたのだが思っていた味とは少し違う風味を感じる。
この優しい甘さ何だっけなーとずいぶん前に味わったことがあるような南国風の甘みに記憶を集中させてみる。
だめだ、出てきそうで、思い出せない。
まあ美味いし、いいや!と思い出せないストレスと戦うよりも、ハワイにいるといういかにも非現実的な現実に向き合うことの方が今は大事だと言い聞かせ、思い出そうとすることをやめる。
立ち並ぶヤシの木の葉が風に揺られ静かに涼しげな音を立てている
何メートルもあるてっぺん付近には大きなヤシの実がついている。
あんなんが頭に落ちてきたら大惨事だなとか考えて一瞬ぞっとする。
ん?ヤシの実?
ココナッツ?
そうだ、ココナッツだ!!
パイナップル&ココナッツ・・・
きっと読めなかった他のメニューの中でも一番ハワイアンなスムージーだったに違いない
なんてことを思い満足に浸りながらさっきまでいた浜辺へと戻っていく
ランナーたちの汗ばんだ背中とターコイズブルーの海がキラキラと輝いている